都市農地「THE HASUNE FARM」から広がる、人と自然の心地よい関係性

東京都板橋区の蓮根にある「THE HASUNE FARM」。住宅街に広がるこの一面の緑は、「土と野菜でまちの人を繋げる」ことをコンセプトに、オーナーの冨永悠さんが立ち上げたファームです。都市で有機農法をスタートし、収穫した野菜はレストラン「PLANT」で提供するなど、新しい視点で農業に向き合う冨永悠さん。お話を聞いていく中で、農を起点にしたエシカルな都市生活のあり方が見えてきました。

―「THE HASUNE FARM」ではどのような取組をされているのでしょうか?

野菜の栽培やレストラン「PLANT」での提供や直売、養蜂、コンポスト、収穫会など、農作物を中心にさまざまなことに取り組んでいます。板橋区蓮根以外にも練馬区、埼玉県朝霞市の3か所で野菜を育てていて、総面積はおおよそ9000㎡になります。はじまりはここ蓮根の「THE HASUNE FARM」で、家族が代々受け継いできた畑です。2019年に「THE HASUNE FARM」という屋号を持ってからは、農法も100%有機農法に切り変えました。

―農薬に頼らない有機農法は土にも人にもやさしいイメージがあります。有機農業をはじめたきっかけについて教えてください。

畑を受け継ぐことが決まり、農業を学ぶ一環としてまずは週末体験農業に通いました。自分でも少量から生産と販売をはじめていくうちに、地域に新鮮な有機野菜を求めるお客さんが多くいることや、有機農法の奥深さを知り、どんどんのめり込んでいきました。その後、神奈川の愛川町に研修生を受け入れてくれる有機農家さんがいて、片道1時間半をかけて通いながら本格的に学びはじめました。都市農家では化学肥料と農薬の使用を前提とした慣行農業が一般的で、23区内で有機農業を本格的に実践している農家さんは稀です。今振り返っても、有機農業を始めるうえで、「学ぶ」ハードルがとても高かったと痛感しています。この苦労があったので、自分も都市で農業を学びたい人がいたら積極的に受け入れたいという思いがあります。

「THE HASUNE FARM」冨永悠さん

―学ぶ環境自体がまだ整っていないことが、都内に有機農家が少ない原因の1つになっているのですね。冨永さんがTHE HASUNE FARMを運営するうえで大切にしていることはどんなことですか。

「THE HASUNE FARM」では都市部の農地に合うような栽培方法を追求しています。農薬を使わないのはもちろんですが、農地を耕さない不耕起栽培やゼロウェイストの観点から、ビニールマルチ(※)を使わない管理方法などを一部ではじめています。できるだけ土壌や地球環境に配慮した上で、都市の農地を維持するというのが自分にとっての一番の目標なので、ベストな方法を今も模索しているところです。

それから、農地の一角では養蜂も行っています。ミツバチの受粉サイクルは農作物にも良い影響をもたらすのではないかという狙いがあります。花が咲く野菜の花粉交配をミツバチが担ってくれるのです。ハチミツの瓶詰は1つひとつ手作業で、近隣の福祉園の方にも協力してもらっています。

※ビニールマルチ:土を覆うポリエチレンのフィルム資材

西洋ミツバチだけでなく、飼育が難しいとされる日本ミツバチの養蜂も行っている

素手で巣箱の中を見せてくれる冨永さん。日本ミツバチは気性が穏やかなのだそう

―自然農法だからこそ成り立つ野菜とミツバチの共生関係ですね。こうして育まれた自然の恵みを、畑の近くにあるレストランで楽しめるのもTHE HASUNE FARMのユニークな点ですが、どのような経緯でレストラン「PLANT」を立ち上げたのでしょうか?

当初はファーム事業のみでしたが、食を通して野菜の魅力を体感できる場として「PLANT」を立ち上げました。都市農地の価値をどう発信していけるかを考えるなかで、採れたての野菜を使った料理を提供する場を作りたいと思ったんです。最近はシナモンバジルという、名前の通りシナモンの香りがするハーブを取り入れたメニューが好評でした。採れたての食材をふんだんに使うことができるので、素材本来のおいしさや香りをより豊かに届けることができます。

また、生産者と料理人の距離が近いからこそできることもあります。例えば、普通なら販売しないような野菜の部位をシェフに渡して、何かに生かせないかな、という提案が気軽にできます。例えばそら豆は、収穫までの間に伸びた茎と葉を切るタイミングがあります。通常は茎も葉も収穫せず畑の上に放置してしまうのですが、「PLANT」ではそれらを粉末にしてパンに練り込んでいます。そうした実験の繰り返しで、新しいアイデアが生まれているんです。

PLANT 白石貴之シェフ

畑で採れたバターナッツかぼちゃを焦がし、ココナッツミルク、カルダモン、ナッツ、パセリオイルで仕上げたスープ

旬のサンマにトマトだしをかけ、採れたてのつるむらさきや青みかんを添えた一皿

PLANTの庭で摘んだミントやカモミールのハーブティ

―畑とレストランが近接しているからこそ可能なサイクルですね。採れた野菜はレストランでの提供以外に直売所での販売なども行っているそうですね。

はい。個人向けにはファームでの直売、直送、オリジナルの配送サービス「ハスネコ便」などです。ファームでの直売は週に3回、午前中に行っていて、葉物の野菜は注文が入るとその場で収穫します。ハスネコ便は板橋区、豊島区を中心に各地のお店にご協力いただき、野菜をピックアップできるいくつかの拠点を作って販売しているサービスです。金曜日の朝に収穫して、同日の昼過ぎにはお届けするというサイクルで運営しています。人手は限られているので大変ではあるのですが、一般配送ではなく直接拠点に持っていく方が輸送コストも削減できて、鮮度も保つことができるので、直送にこだわっています。飲食店への卸しは、いくつかの飲食店やグローサリーストアなどのほか、地域の学校にも朝採れの野菜を届けています。

畑の入り口にある直売カウンターにはその日のメニューが並ぶ

―地域の方にとっても、採れたての野菜が身近になるのはとても嬉しいことですよね。育て方や届け方のほかに、HASUNE FARMで取り組んでいることはありますか。

コンポスト用の生ごみを各地で集めています。「ハスネコ便」や地域の学校給食用に配送する際にかなりの量の生ごみが回収できるんです。集めた生ごみはレストランの裏のコンポストで堆肥にします。板橋区の燃えるゴミの約3割が生ごみと言われていますが、回収することで焼却負荷の削減にもつながります。堆肥は野菜作りにとっては貴重な資源です。都市型の農業を実践する上で、コンポストによる堆肥作りは要になるものだと思っています。

―生ごみの回収が地域住民も巻き込んだ循環作りになるわけですね。

そうですね。地域の方々に向けた取組としては、板橋区の幼稚園や保育園向けに農業体験を開催しています。農を教育現場に取り入れたいという声は多いものの、近年都市部では体験実習を受け入れてくれる農家が減っているそうなんです。そういった部分でも、都市で農業をやる意義、需要はあるということですね。

―今日のお話から、住民や地域へ巡っていく農業のあり方が見えてきました。農業と向き合いながら、どのようなメッセージを伝えていきたいですか?

都市農業の価値をもっと伝えていくことで、都市農家の数を増やしていきたいですね。「THE HASUNE FARM」の存在がたった数年で地域に浸透していったことからも、都市農業の希少性や潜在的な需要を実感しています。1つひとつの取り組みはまだまだ小さいですが、「都市部に農地があったらどんないいことがあるんだっけ?」という問いに向き合い続けながら、農業を追求していきたいと思います。

Instagram:https://www.instagram.com/the_hasune_farm/

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